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展示部門
ギャラリー等(貸出)
会議室(貸出)
サービス部門時計塔は、もともと優雅な銅版の飾りであったことが調査でわかりました。
傷んだ木部の骨組みは全てを取り替えてしまうのではなく、できるだけ傷んでいる部分だけを繕うようにしました。隅柱の一部を作業小屋に集め、古材に新材との継ぎ手を刻み接着剤で新材を補足しました。新材には補修の年号の焼印を押し、さらに木の収縮を考慮して古材より1.5ミリほど太めに仕上げました。
尖塔の台座の下地は、下は繰り形がそのまま残っていましたが上がはつりとられていました。これらは古写真と当時の資料から創建当時の姿にもどすために補修されました。
外側を銅版で包む板金加工には栃木県の日光から錺(カザリ)職人を招きました。銅版を火にあぶったり冷やしたり、それを木型や金型にあてて叩いたりなでたりという手作業により創建当時の複雑な形が再現されました。
時計塔は今回の解体調査で充分に使えることがわかりました。磨耗した部品の取替えや修理は山形市内の時計技師が行いました。
(写真右上 時計塔内部の時計部分。右の巻いてあるワイヤーに錘を吊るして動力としています。)
現在で言えば講堂にあたり、訓示や辞令交付等を行う部屋です。
当時は貴族院議員の選挙、県内の警察署長会議や旧制中学校長会議等の重要な会議にも使用されました。
内装は特に豪華に作られ、壁境周囲の寄木貼りや、大理石の飾柱等は当時のままです。
大理石の腰板は当時のスチーム暖炉のラジエーター控壁です。
暖炉と寄木細工は当時のものが残っていました。
当時の写真や調査資料により、漆喰天井やシャンデリア、じゅうたん、カーテンを復原しました。
壁紙はピンク色の断片が見つかったため、英国製壁紙のカタログの中からピンク地の水玉模様を選び、部屋全体の色調を明るくまとめました。
知事の秘書室として使用されていた部屋で、修復工事では、当時の写真や調査資料によりシャンデリアを復原しました。
寄木貼りは当時のものが残っていました。カーテンは木製の吊装置だけが残っていました。
当時の写真や調査資料により漆喰天井は月桂樹の葉飾りで復原しました。シャンデリア、カーテンも復原しました。
壁紙は草木柄を英国製壁紙のカタログから選びました。
昭和初期には人事課として、昭和の中頃から新県庁舎移転(昭和50年)までは秘書課として使用されました。
暖炉や寄木貼り、カーテンボックスは当時のものが残っていました。
天井はボード貼りに改造されていましたが、漆喰の花飾りに復原しました。
また、じゅうたんは昭和35年に山形で織られ、実際にこの部屋で使われていたものを、まだ十分使えると判断し、クリーニングを行い敷き直しました。
シャンデリアは当時の写真から意匠がわかったため復原しました。
この部屋だけ「腰板壁」が高くなっているのは、音の反響により食事中の話し声がよく通るようにするためと考えられます。
床全面に張られた寄木模様は「道中格子」と呼ばれています。破損がひどかったためいったんすべて剥がして新しいものに取り替えました。材種はケヤキ種で、正方形の赤茶色は特に「神代ケヤキ」を使用しています。作業も昔と同様ににかわ膠を使用しました。暖炉右脇の寄木は当時のものを集めました。
郡市長の控室として使用されていた部屋です。
シャンデリアを復原し、じゅうたん張りにもどしました。
暖炉は当時のものです。漆喰天井は鏡天井となっています。
「復原の記録」コーナーとなっており、修復工事についての記録や当時の建築部材等を展示しています。
暖炉や寄木貼りは当時のままです。
シャンデリアは、ほかの部屋のものと違うカバーが使われていることが写真でわかり、復原しました。
壁紙は幾度も張替えが行われた跡が見つかりましたが、一番下から見つかったストライプ柄に近いものをカタログの中から選びました。
郷土に対する理解などを深めるために6つの展示コーナーを設けています。
「記念碑の回廊」と名付けられているコーナーでは、明治時代から現代までを5つの時代に大別し、県民の暮らしを織りまぜて展示しています。

暖炉、寄木貼りは当時のものが残っていました。
天井はボード貼りに改造されていましたが、漆喰の花飾りやシャンデリア等を復原しました。
カーテンボックスは当時のものですが、カーテン裂地はリヨン模様で新しく作りました。
壁紙は断片が見つかったので、英国製壁紙のカタログから選びました。